イスラーム時代以降のシャー
アラブ征服時代からのイスラーム世界の拡大によってサーサーン朝滅亡以後は「シャー」の称号は途絶するが、サーマーン朝によるペルシア語復興運動によってカラ・ハン朝やセルジューク朝など外縁のテュルク系諸勢力から人名として徐々に使用されるようになり、この頃から近世ペルシア語ではペルシア帝国の支配者に限らず広く「王」を意味する普通名詞となって、君主や聖者などの貴人の称号や人名の一部として用いられるようになった。
「シャーハンシャー」はアラビア語の歴史書などでは専らサーサーン朝ないしの古代のイラン系の君主たちにのみ使用されていた単語で、サーサーン朝の滅亡以降、久しく現役の君主の称号としては使用されていなかった。
しかし、932年にブワイフ朝が政権を獲得すると、アッバース朝カリフに「アミール・アル=ウマラー」の称号以外に古代以来の「シャーハンシャー」の称号を名乗る許可をも求めるようになった。
「シャーハンシャー」はアラビア語の歴史書などでは専らサーサーン朝ないしの古代のイラン系の君主たちにのみ使用されていた単語で、サーサーン朝の滅亡以降、久しく現役の君主の称号としては使用されていなかった。
しかし、932年にブワイフ朝が政権を獲得すると、アッバース朝カリフに「アミール・アル=ウマラー」の称号以外に古代以来の「シャーハンシャー」の称号を名乗る許可をも求めるようになった。
update:2010年03月08日
